本荘重政公の遺徳を偲ぶ史跡巡り

みなさま、こんにちは。
今津町は一昨日から雨模様となりました。
お洗濯の管理が難しい季節となりましたね。

さて、24日(水)「本荘重政公の遺徳を偲ぶ史跡巡り」を無事開催することができました。
お陰様で中国新聞にも掲載していただきましたのでご覧ください。

今年は塩田事業の為、松永湾が干拓開始され360年を迎えるということで、かねてから重政公の偉業を讃える催しをしたいと願っていたところ、
郷土歴史家の河本正二先生の快諾を得て、ミニ実行委員を立ち上げた、ということでした。

当初の予定では、4月29日の今津宿ふれあい市で河本正二先生による重政公のお話し会を開催し、公の場で史跡巡りの参加者を募集する予定でしたが、
コロナ感染の関係でこの度は、ご詠歌、瞑想会、清掃奉仕と今津宿ふれあい市委員の関係者に声がけし、20名で巡りました。

本当に素晴らしい内容でしたので、下に行程表を記載しますので、ぜひ興味のある方は巡ってみてくださいね。
資料もありますので、お声掛けください。

①潮崎神社(重政公が塩浜鎮守の為、今津の剣明神を勧請)

常夜灯(寛政6年1794建立)と船着き場は江戸時代のままで、船着き場からご神体を移動させていたという。
江戸時代建立の常夜灯には「潮崎剣大明神」と彫られている。

②本荘神社(重政公の徳を讃え、地域住民が祀る。重政公住居跡地) →徒歩


③承天寺(重政公による開基。自刻の像と位牌が安置されている) →徒歩



④本荘重政墓所(承天寺墓地内。八角形の墓は逆修〈ぎゃくしゅ〉、つまり生前に建立されている) →徒歩

⑤松永塩田の痕跡(延谷屋橋跡・ロイヤルドライビングスクールの自動車コース)
延谷橋は神島と長和島をつなぐ橋だった。
ロイヤルドライビングスクールのコースが約2メートルほど低いのは、当時最先端の技術である入浜式塩田の名残)

⑥薬師寺(江戸時代まで潮崎剣明神の別当寺であった。剣明神のご本地仏として重政公によって彫られた不動尊が安置されている)
※平安~江戸時代までは、神と仏が一体であるという神仏習合思想が日本では一般的であった。
剣明神の剣と不動尊の剣が結びついたのでしょう。

jisui の紹介

蓮華寺副住職。住職の長女として生まれる。大学卒業後、塾講師、学校教諭(英語)を経て高野山尼僧学院にて修行。金剛流御詠歌教師。高野山阿字観指導者。主婦業、育児をしながら壇務をし、月に一度高野山で仏教の勉強をしている。趣味は旅行。
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