邪見 徳 出演なるか?

先日の瞑想会では、「マスクを外して ソーシャルディスタンス禅」を目指して、ガラス戸を全開していたら、
法話の途中、途中大きなスズメバチが迷い込んで、一時中断。

ということもありました。

怒涛の4月、5月を終えて、毎年6月はのんびりとしています。
(梅雨で偏頭痛が起こる時もあるのですが)

そういう時は読書ができるのでよいですね。
映画も良く見に言っているのですが、ちょっと見たいなぁと思うものが今はなくて。。。

最近、岡村圭真著『慈雲尊者 その生涯と思想』を読んでいます。
慈雲尊者とは、真言宗の僧侶の間では有名ですが、一般で知っている人は少ないかもしれません。
江戸中期に活躍した、「日本の小釈迦」と称された、お釈迦様の説かれたように活動された尊者です。
(慈雲尊者のお姿 wikipediaより)
皆さんも、感じているかもしれませんね。
「え!?お坊さんって結婚していいの?」
「え!?お坊さんってお肉食べていいの?」
「お釈迦様の時代は、お坊さんは、お肉食べないし、結婚もしなかったんでは???」

江戸時代まで、一部の集団を除いて、僧侶は結婚が禁じられていましたし、基本的に肉魚は食べてないものでした。
それらは「律」=僧侶として守るべき項目の一つです。
とはいえ、お釈迦様の時代の時の律(およそ250項目。女性の僧侶は350項目)は厳格に行われていないのが実情でした。
そんな中、日本の歴史では鎌倉時代や江戸時代に戒律復興運動が盛り上がります。
慈雲尊者はそのような盛り上がりを見せていた時流の中で、真言僧侶として、いや真言という枠を超えて、「お釈迦様に還ろう」と実践した方でした。(まだ勉強中ですが)

(ちなみに、明治以降、「僧侶は妻帯して、肉を食べなさい」というお達しが政府から降りて、寺は家族で運営されるようになりました。
なぜこのようになったのか、詳しく私は分かりません。僧侶の方々は、自己矛盾で苦しまなかったのでしょうか?現在でもなるべく「律」を守る僧侶の方もおられます。世俗的な生活と非世俗のバランスを取っている方々も)

さて、そのようなレジェンド的な慈雲尊者ですが、小さな頃は頭が良すぎて、「来世のことを説いたり、地獄で人を脅すなんて、仏教は馬鹿げている!」と憎んでいたそうです。父の遺言で、不承不承ながら真言宗のお寺で得度をし、修行を深めていくうちに、少し賢いからと仏教を見下げていたのは「邪見」だと悔い改めたといいます。

そう、頭が良い方にも苦悩があるのだなと実感しました。
頭が良いとすぐに信に入ることができない、という苦悩があるのだと感じました。

(慈雲尊者の書 早稲田大学HPより)
ところで最近「徳」とは何かと感じる場面に出くわしました。
現在は「お金」が様々な尺度になっています。
「お金」で生活様式、人への接し方が変わることも多いでしょう。
しかし、お釈迦様は「お金は火で燃えますが、徳は火で燃えません」と仰っているように、
どんな場面に遭遇しても、徳を失うことはしたくないと改めて誓ったのでした。

最後に、骨董品などを鑑定するある民放テレビの人気番組に、鑑定を依頼しました。
一年以内に出演しなければ、採用されなかったのだと思ってください。(笑)

jisui の紹介

蓮華寺副住職。住職の長女として生まれる。大学卒業後、塾講師、学校教諭(英語)を経て高野山尼僧学院にて修行。金剛流御詠歌教師。高野山阿字観指導者。主婦業、育児をしながら壇務をし、月に一度高野山で仏教の勉強をしている。趣味は旅行。
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